対谈

作者:司马辽太郎

分类:作品

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対谈内容简介

日中双方の歴史に造詣の深い両氏が、豊富なエピソードを混じえながら「中国とは何か」「二千年におよぶ日中関係とは何だったのか」を語り尽した興趣溢れる傑作対談

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日本と中国とが隣人であるのは、与えられた宿命であり、どうしようもない関係である。それに背をむけるのは、どう考えても不自然としかいいようがない。隣人であることが宿命であるなら、より正しい、より深い理解をめざすのが自然であろう。私はこの道を行くことについては、疑問のかけらも心にうかばないのである。

遊牧民族と漢民族の関係は絹と馬というかぼそいかかわりで成立している。

中国の近代主義というのは、漢民族みずからがこの大陸国家は多民族国家であると自覚したところから出発しているわけですね。もし昔どおりの華夷意識で漢民族の優位姿勢をのこしていたら、近代中国など国家の体をなさなくなってしまう。

司馬:年号というのは独立文明圏という意味なんだもの。 だから朝鮮はずっと年号立てないで、中国の年号を使うわけでしょう。それが漢民族にたいする一番の随順の仕方ですよ。

陳:漢民族は農耕民族であることは間違いないけれども、城郭民族でもあった。

陳:左前は弓を引くのにいいし、右前はふところから物を出すのに便利ですね。 司馬:昔は中国文明浴しているかいないかは右衽左衽でわかった。

57陳:倭寇が出だしたころに、中国では日本とはどういう国かという研究が始まった。… 結局、それも倭寇対策で日本とはどういう国か、という必要に迫られてであって、その後、研究の必要がなくなっていく。そして再び、中国にとっての日本研究が必要になってくるのは明治になってからですよ。 59陳:明治の初めに、中国でいえば清末に、日本に公使館の書記官として来ていた黄遵憲が「日本国志」というのを書いている。正史の形態をとっている、膨大なものでしてね。これが日本のあらゆることを書いた最初やね。

63-64司馬:日本の場合は漢学的思考法を学んできただけですから、上衣と同じで簡単に脱げるわけだ。要するに、儒教よりも漢学的思考法を学んできただけだから、洋学的思考法に変えましょうといったら簡単ですね。…また、この程度ですむから明治維新ができた。ここが日本の歴史と中国の歴史のまったく違うところでもあると言えるでしょうね。

陳:歴史を研究するにも、復古主義の罠にかかってはいけない。歴史はそこから教訓を取り出すべきもので、そこへ戻っちゃなんにもならないとおもう。戻りたいような魅力のある時代が、ほんとうにあるだろうか?僕はなかったと信じるね。

陳:五斗米道の中に仏教はずいぶん入っているという気がするんですね。このあたりに、僕は中国思想のカギがあると思うんです。

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关于司马辽太郎

司马辽太郎

司马辽太郎(1923-1996),日本著名作家。本名福田定一,笔名司马辽太郎取“远不及司马迁”之意。出生于大阪市。毕业于大阪外语学校蒙古语系。于产经新闻文化部工作期间,1960年因作品《枭之城》获得直木奖。之后,连续发表历史小说,题材新颖广受好评。1966年,作品《龙马之行》与《国盗物语》荣获菊池宽奖及其他多种奖项。1993年荣获文化勋章。其自在清晰的历史观深受读者信赖,被称作“司马史观”。1971年开始撰写连载小说《沿街而行》,途中突然逝世,享年72岁。

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